投稿

2019の投稿を表示しています

群像9月号笙野頼子「会いに行ってーー静流藤娘紀行」第3回掲載

イメージ
8月7日発売の「群像」2019年9月号に笙野頼子さんの連作小説「会いに行ってーー静流藤娘紀行」第3回が掲載されています。
群像公式サイトのもくじ
読み応えのある30p、とにかく面白いから読んで。前回までは下を見てね。
・第1回:群像5月号新連作「会いに行ってーー静流藤娘紀行」開始
・第2回:群像7月号笙野頼子「会いに行ってーー静流藤娘紀行」第2回掲載

私小説を徹底し新境地を開いた小説家・藤枝静男をテーマにした「論考とは違う、引用小説」第3回。
藤枝氏といえば、群像新人賞選考で笙野デビュー作「極楽」を激推した師匠的存在として(ファンに)お馴染みです。
前回に続いて、藤枝静男「志賀直哉・天皇・中野重治」を細かく読み解いていきます。
御三方と著者の位置を超ザッパに書くと以下。
・中野が安倍能成と天皇を批判
・志賀激怒、手紙やり取りするも決裂
・その往復書簡7通が見つかり、藤枝が論考を書く
・その論考をテーマに笙野が小説を書く(イマココ

論考に引用された往復書簡などから二人の文学と天皇に対する考え方を比較。
志賀=所有に基づく特権階級的自我の個人主義
中野=無私を目指す国家対抗的な自我
と定義し、断絶した志賀と中野の関係を藤枝にとって出来るだけ望ましいものにするために書いたのではと指摘する。
中野重治「『暗夜行路』雑談」「五勺の酒」を押さえながら、志賀と中野ともに人間天皇の捕獲装置に囚われているとした上で、師匠の天皇観と文学的自我を描いています。

馬場秀和さんが早くも概略と感想をアップされています。
笙野頼子『会いに行って――静流藤娘紀行(第三回)』(『群像』2019年9月号掲載)

東條慎生さんの感想も。お二人とも端的にまとめられていて参考になります。
「群像」今月号の笙野頼子「会いに行って――静流藤娘紀行」第三回は、藤枝静男の「志賀直哉・天皇・中野重治」をめぐって、それぞれの作家の「私」を読み込むような叙述で、中野の「『暗夜行路』雑談」が、作家にとっては不毛な評論だと批判しつつ、「五勺の酒」の不毛でない語りもしかし、— 東條慎生のReal genuine fakes (@inthewall81) August 9, 2019

下の引用はパンフレットから共産党の党首の発言を引用する所から始まります。
(天皇について共産党の立場を表明したパンフがあるそうです。一番最後の所かな…

笙野頼子エッセイ「近況ご報告」資料室に掲載

笙野頼子さんより近況報告を頂きました。7月23日より笙野頼子資料室に掲載しています。
近況ご報告 2019年07月21日(日) | 笙野頼子資料室
(追記:8/7に猫写真を一枚追加しました。ピジョンさんのピンク肉球だよv)
近況ご報告です
ご無沙汰しております
皆様お元気ですか
ピジョンは元気です

舌のしまい忘れ老猫部門です
私がそばによると舌が出てきます

午前中に選挙に行ってきました
今共産党のJCP With Youチームに対して
シングルセックススペース問題について意見を述べています
連作第三回百枚来月号、志賀直哉・天皇・中野重治の続編

短い報告で申し訳ありません
がんばりすぎて、お医者様に絶対休めと言われてしまいました

湿度がすごくて参ってしまいます
皆様もお体大切に
笙野頼子ピジョンさんの舌出し画像、かわいい(*´ω`*)

共産党のJCP With Youとはこちらでしょうか。
日本共産党 個人の尊厳とジェンダー平等のための JCP With You
「シングルセックススペース」がよくわかりませんが、トランスジェンダー女性が女子トイレや女湯に入れるかどうかという話でしょうか。

連作第三回とは群像で掲載中の連作小説、笙野頼子「会いに行ってーー静流藤娘紀行」ですね。
群像7月号笙野頼子「会いに行ってーー静流藤娘紀行」第2回掲載
第三回目は、8/7発売予定の「群像」9月号に100枚掲載予定?!
100枚とはすごい!そりゃドクターストップもかかります。めっちゃ楽しみですね。

赤旗7/8(月)に武田砂鉄&笙野頼子対談記事

しんぶん赤旗 2019年7月8日(月)8面に対談シリーズ「さあ、文学で戦争を止めよう」が掲載されました。
笙野さんが文学で戦争を止めるべく、文学者と連帯していく対談シリーズも4回目になりました。
今回は武田砂鉄さん。8面ぜんぶ対談ですよ!
第1弾 2018/08/17 木村紅美さん
第2弾 2019/01/07 島本理生さん
第3弾 2019/04/29 多和田葉子さん
そして第4弾は、「新潮45」や幻冬舎・見城徹を批判する書き手・武田砂鉄さんとの対談。
著書『紋切型社会』や『日本の気配』から政治家の失言の話から、権力の代弁者の話に。
代弁者をそろえ言葉持たぬ政権
武田 政界でも芸能界でも文学の世界でも、何かを論じようとした時に、対象に近い書き手が好まれる傾向がありますね。「実は安倍さんってこういう人なんだよ」と。そんなことはどうでもいい。安倍さんや麻生さんとこんなに仲がいいんだよ、と匂わせる「論客」が、政界の内部に迫る人物として持ち上げられる。当然、権力側は重宝します。どんどん近づいてもらえば、批判しなくなりますから。近さを売りにする書き手が並べば、権力側はラクチンなのです。

笙野 それこそ国事さえも閉じた世界です。国会とは何か? 言葉です。議論と、その記録です。しかし今や国会では、問題になりそうなことを記録しない。戦争法も強行採決のどさくさに紛れて速記録がない。つまり、採決や可決だって無いも同然なのではないか。自衛隊日報問題、森友・加計学園問題でも記録の隠蔽、廃棄、改ざんが立て続けに起こるから、前の問題が隠れてしまう。

武田 今の権力者を見ていると、言葉を持たないほうが権力を維持できるのではないかと思えてくる。百田尚樹、ケント・ギルバート、松本人志、見城徹など代弁者をそろえればいい。扇動する言葉を使うのが上手な彼らに、言葉を委託していく。自分の言葉を持たない政権、周囲の応援団に肉付けしてもらっているのかもしれません。確かに。政権の具体的政策より、外注の代弁者の意見ばかり耳に入ってくる気がします。講談社「ViVi」と自民党のコラボもありましたし。

武田 笙野さんの作品は怒りが表面化していますよね。怒りを持ち続け、繰り返し表明することが必要です。秘密保護法、安保法制、共謀罪、TPPと、「問題が生じる→反対の声が上がる→下火になる→まだやってんの? と言われる→忘れられる→消…

群像7月号笙野頼子「会いに行ってーー静流藤娘紀行」第2回掲載

イメージ
6月7日発売の「群像」2019年7月号に笙野頼子さんの連作小説「会いに行ってーー静流藤娘紀行」第二回が掲載。18ページ。
・初回:群像5月号新連作「会いに行ってーー静流藤娘紀行」開始
・第3回:群像9月号笙野頼子「会いに行ってーー静流藤娘紀行」第3回掲載

私小説を徹底し新境地を開いた小説家・藤枝静男をテーマにした「論考とは違う、引用小説」第二回。
藤枝氏といえば、群像新人賞選考で笙野デビュー作「極楽」を激推しした方として(ファンに)お馴染み。
とはいえリアル藤枝静男とは違いますよ、と最初にバシッと断りが書いてあります。
 真っ暗だった自分の人生を変えてくれた彼との関わり、たった一度対面した記憶、その後今まで自作に受けた影響、彼に関する自分側の妄想空想等、等、つまり所詮は自分の私的内面に発生した彼の幻を追いかけていく小説、の第二回である。
要するにここに出てくる師匠とは、私の思考や記憶の中で捏造され、彼の残した作品、遺品、書、コレクション、エピソードの中から生まれ出た架空の人間像に過ぎないのである。以前から師匠の小説を書くと仰られてましたが、それは荒神シリーズの後の予定だったような。
なぜ今書く事になったのでしょうか。
実は過去に藤枝静男について書かないかと依頼された事があり、その時は断ったそう。
七十過ぎてから書くと答えた。ことに、当時は、先行する評論家に恥じないものを書かなければならないと思い込んでいたから、何もできなかった。しかも老にして雄ならば、性別はともかく、せめて師匠の老が判る年齢になるまでは待とうと思ったのだ。ところが五十六歳の二月、自分がそういう平均的な老化を辿れる体ではない事を思い知らされた。
(略)
病名が付いて納得したのはこの病と一生使うしかない薬の作用で、自分が人より早く老けていくしかないということであった。ならばもう七十だと思って書いてみよう、となった。
なるほど。前々から執筆を期待されていたのですね。

天皇の退位に伴い5月から令和に元号が変わりましたが、2回目は改元と天皇の話。「志賀直哉・天皇・中野重治」をテーマにしています。
金井美恵子さんが改元エッセイに藤枝静男の文芸時評を引用されていましたが、そちらも論じつつ
つまりかつて師匠の危惧した人間天皇のあり方や天皇の発言への怒りを引用していく。天皇の発言とは何かというと、
「藤枝静男─年譜・著…

赤旗4/29(月)に多和田葉子&笙野頼子対談記事

しんぶん赤旗2019年4月29日(月)1面と5面に対談シリーズ「さあ、文学で戦争を止めよう」が掲載。
第3弾は、多和田葉子さん!5面ぜんぶ対談\(^^)/
第1弾 2018/08/17 木村紅美さん
第2弾 2019/01/07 島本理生さん
第3弾 2019/04/29 多和田葉子さん
笙野頼子さんの対談シリーズは、季節ごとに発表される感じになってきました。

全米図書館賞を受賞した多和田葉子『献灯使』の紹介から始まり、多和田さんの、丁寧な生活にこだわる日本がなぜ原発を容認するのかという疑問から、原発の話に。笙野 メルケル首相は保守党で、もとは原発推進派。でも止めるとなったら止める!
一方、自己の責任国なのに日本は再稼働を求めて嘘を重ねています。

多和田 メルケルは物理学者です。ドイツの物理学は人間の実生活に根差しているのではないかと思います。日本では自然科学は生活から切り離されていて、セシウムとかプルトニウムとか言っても、味も匂いもしないし、考えなければ無いものとして忘れることができてしまうんでしょう。

笙野 自然科学という以前に、黙殺と同調圧力の社会なので。そもそも日本は原発が止まっても電力がまかなえた。電力が足りなくなると脅して、民を搾り取り、危険にさらし、弱者から収奪することしか考えていなかった。ドイツでは企業が献金や広告料によって政府やマスコミに影響を与えることはないんですか?

多和田 メルケルが反原発を言い出した時は国民の圧倒的な支持を得たので、企業の後押しなど必要なかったと言われています。ドイツの企業も将来性のない分野にしがみつくような愚かなことはしません。例えばシーメンスは政府が脱原発を決定してすぐ、原発部門をフランスの企業に売って、再生エネルギー分野の開発に切り替えました。ただ隣の国に原発があることは大きな問題です。

笙野 アメリカのGEも原発事業から撤退しました。多くの国民が反対してるのに、日本がずるずると原発にしがみついてるのは、狭いお仲間の短期的な利権のためだけですかね。

多和田 原発事故によって、もともと日本が抱えてきた問題が明るみに出たと思うんです。国の経済さえ発展すればそのために病気になる人が出ても仕方がないと思わされていたり、一応民主主義があるのにみんなの意見が政治に全く反映されない感触があったり、自分の意見をはっきり言えない雰囲気が強くなっ…

岐阜新聞4/27(土)阿部公彦の文芸時評に笙野頼子「会いに行って」

阿部公彦さんの文芸時評「あなたの生活に文学を」の4月分が共同通信より配信されました。
岐阜新聞2019年4月27日(土)に掲載、笙野頼子「会いに行ってーー静流藤娘紀行」(「群像」2019年5月号)が取り上げられていました。
「群像」(5月号)では笙野頼子さんの連作「会いに行って」の連載が始まりました。冒頭に「これから私の師匠説を書く」とのあやしい小見出し。笙野さんが勝手に師匠と仰ぐ藤枝静男は独特な作風で知られ、志賀直哉的な私小説の主流からは外れた人でした。本作も日常生活やデビュー時の記憶、病との苦闘などを柱にしつつ、自身を引き立ててくれた藤枝静男について語るうちに声がうわずり、直の”呼びかけ”が割り込むというぐしゃぐしゃした構造です。
逸脱だらけの奇妙な作品にも見えますが、制御をやぶって叫びのように発せられる声にはなかなかのインパクトがあります。
たまたま「群像」には保坂和志さんと郡司ペギオ幸夫さんの対談「芸術を憧れる哲学」も。話題になった郡司さんの「天然知能」(講談社選書メチエ)を、保坂さんは「自分のやっていることが完全な自分の能動性ではない」とわかっている人たちが描かれていると評します。文学作品の「声」も、しばしば「自分の能動性」を超えたところから出てくるのでしょう。なるほど。藤枝静男の追求した百錬の文章、「自分の能動性」を超えた何か、それが表現されているのかもしれませんね。その見方は全く気づいていませんでした。
あわせて共同通信の時評、バックナンバー(4月分)をアップします。作品は古谷田奈月さん「神前酔狂宴」(「文藝」)、佐伯一麦さん『山海記』(講談社)、笙野頼子さん「会いに行って」(「群像」)、保坂和志さん×郡司ペギオ幸夫さん対談(同)、奥野沙世子さん「逃げ水は街の血潮」(「文学界」) pic.twitter.com/V4Pssfwb3l— 阿部公彦 (@jumping5555) 2019年6月2日

藤枝静男といえば、朝日新聞5月2日(木)の金井美恵子さんの寄稿に引用されていました。
「戦前と戦後に不自然に二分されている昭和天皇の「天皇の生まれてはじめての記者会見というテレビ番組」(昭和五十年)を見た小説家の藤枝静男は「文芸時評」に「実に形容しようもない天皇個人への怒りを感じた。」と書き、それは、戦争責任について質問された昭和天皇が、そういった文学的問題はわか…

笙野頼子三冠集「なにもしてない」著書コメントが

イメージ
twitterアカウント河出文庫さんが「改元が近づいてきたので笙野頼子「なにもしてない」を再読」されたら、笙野頼子さんより「なにもしてない」へのコメントが寄せられたそうです。天皇とはだれか?年号とは何か?令和の始まる前にするべき復習。これはひとりの「自称作家」が書き残した新しい時代の始まりと称する嘘。市井をおおう虚構の「全記録」である。過激派を恐れ撤去されたゴミ箱。一瞬垣間見た皇室とそのレポーター。すりこまれた神道の夢の中を漂いつつ、「時代のリセット」にかぶれながら、ひたすら湿疹をこじらせる主人公の地味さと無能さと無名さを描いた。渡部直巳が酷評した無名作家時代の私はこれを書いていた。身辺雑記としては「無難すぎる」けれどこれは、年号小説である。芸能レポーターたちは忘れられた。小説は残った。さらに承前、笙野頼子さんより「なにもしてない」へのコメントが届きました!→“天皇とはだれか?年号とは何か?令和の始まる前にするべき復習。これはひとりの「自称作家」が書き残した新しい時代の始まりと称する嘘。市井をおおう虚構の「全記録」である。”(続)— 河出文庫 (@kawade_bunko) 2019年4月19日

石川県金沢市の石川四高記念文化交流館にて企画展「平成をうつす」の展示が始まっています。こちらで笙野頼子「幽界森娘異聞」の著者自筆校正入りゲラが展示されているそうです。
期間は4月20日(土)~6月23日(日)です。金沢か…ちょっと遠いな…。
企画展「平成をうつす」では当館の大切な資料も展示致しています。【主な展示資料】「孔子」「本覚坊遺文」初稿 井上靖/自筆歌軸(平成4年宮中歌会始召人和歌) 長沢美津/自筆原稿「小暗い森」 加賀乙彦。珍しいのは笙野頼子自筆校正入りゲラ「幽界森娘異聞」(泉鏡花文学賞受賞作)(知— 石川近代文学館 (@ishikinbun) 2019年4月24日

群像5月号新連作「会いに行ってーー静流藤娘紀行」開始

イメージ
4月5日発売の「群像」2019年5月号に笙野頼子さんの連作小説「会いに行ってーー静流藤娘紀行」が掲載されています。24ページ。
 ・第2回:群像7月号笙野頼子「会いに行ってーー静流藤娘紀行」第2回掲載
 ・第3回:群像9月号笙野頼子「会いに行ってーー静流藤娘紀行」第3回掲載

私小説を徹底し新境地を開いた小説家・藤枝静男について、笙野さんが「自説、私説の、私師匠説」を書かれています。
藤枝氏といえば、群像新人賞選考でデビュー作「極楽」を激推しされた方として(ファンに)お馴染み。
その師匠の経歴・人となりや交友関係を前半で描き、後半の師匠へのお手紙では作風について熱く語ります。
娘さんと共に昨年春、浜松市文芸館で近代文学の展示をご覧になったお話も。
兎にも角にも、師匠に対する尊敬と畏怖に心打たれます。心洗われます。

馬場秀和ブログに感想が掲載されています。
『会いに行って――静流藤娘紀行』(笙野頼子)(『群像』2019年5月号掲載)
以前から藤枝静男を書きたいと仰ってました。最近のエッセイにも書くと触れられてましたよね。

東條慎生さんはTwitterにも感想が。
藤枝静男の「文章」から、強いられた構造を脱け出ようとする技法を、語り手自身との類似点と相違点を検討しながらたどろうとする試み、か。
抑圧の構造を相対化し自由になるのは笙野さんの手法ですし、構造から自由になろうとする点は二人に共通していますね。


第1章「これから私の師匠説を書く」では、まずどんな小説なのか、最初に結論が書いてあります。
これは引用に基づいた小説である。私はまず畏怖とともにある引用をし、それを小説化する。引用の内容は、瀧井孝作氏に私小説を書いてみよと言われたが、ありのままに嘘なく書くべき「自分」などないから「私はこれから私の「私小説」を書いてみたいと思う」という宣言。
笙野さんも「私はこれから私の「私小説」を書いてみたいと思う」、もとい「自説、私説の、私師匠説」を書くという。
その師匠・藤枝静男とはどんな方なのでしょう。
そして師匠は、勝手にいうけれど、志賀直哉門下においてもっとも私小説を極めた、この形式の領土を広げた、真に開拓した、それによって中央集権的な構造を抜け、自分の愛する故郷を王国にし、自分の魂であるわが庭の池をひとつの宇宙にまでした、傑出である、その作品の最頂点というべきものは、『田紳…

『蒼生2019』特集「あなたとして生きる」インタビュー餅井アンナの感想

『蒼生2019』の感想をメモ。裏表紙が表紙を反転させたデザイン、可愛い。
特集「あなたとして生きる」
開発ユニットAR三兄弟の川田十夢さんインタビュー。
笑うって分かるってことで、分からないものに笑わないんですよ人は。なるほど。確かに全く理解できないものを面白いとは思えません。
笑いを取れればツカミOK的な。私のブログもそう言う風にわかりやすく書きたいものです。

早稲田大学文芸・ジャーナリズム論系出身ライター餅井アンナさんのインタビュー。
大学に入るまで挫折もなくマジョリティとして生きてきて、疎外感を感じたことがなかったというのが面白い。
ーー自分の個性や好きなものを強みとして何かを書いていると、「個性的でなければならない」という義務感に囚われてしまったりしませんか。

餅井 ありますね。今はだいぶ抜けてきたんですけど。それこそ文ジャ的な気風として、過激な方向というか、エクストリームに走らなきゃいけない空気があるじゃないですか。実際、在学中の私もそれに乗っかっていたと思うし。私が学生だった時って、SNSとかで「承認欲求」って言葉がすごく流行っていた時期で。例えば、性癖が安定していないとか、コンテンツとして消費しやすいですよね。それが当人にとってコンプレックスだったりするとなおさらその空気に乗っかってしまうというか、私も当時は必要以上に自虐していました。でも、それってやらないほうが良かったことだなって今は思うし、今目の前にやってる人がいたら「やめなよ」って言いたくなる。わかる。自虐は止めたくなる。見てても楽しくないしね。むしろ褒めあう方が幸せ感高くて好きだな。
歳を重ねると自分の長所や短所も自然と濃くなるもので、今思えば「個性的でなければ」とある必要なかった気もします。
餅井 早稲田のハラスメント問題については、正直なところニュースを見ても全然びっくりはしませんでした。とうとうか、みたいな感じで。在学中も「あの人はああいう人だからしょうがない、うまく受け流さないとね」って自分も含めてみんな言っていた。なあなあにしてしまっていたんですよね。そんな空気が保たれていた中で、実際に進路を絶たれた人が出てきてしまって……。私個人の実感としては、「みんなうっすら共犯」じゃないですけど、一点の曇りもなく、潔白な状態で「そんなことがあったんですか、ひどいですね」って言える人って、あの場所には…

『蒼生2019』特集「文学とハラスメント」に笙野頼子「これ?二〇一九年蒼生の解説です」掲載(3)

早稲田大学文芸・ジャーナリズム論系の学生誌『蒼生2019』の特集「文学とハラスメント」に、笙野頼子「これ?二〇一九年蒼生の解説です」が掲載です。
特集についてはこちらの記事を参照ください
この記事では、エッセイの内容を紹介していきます。
一月の下旬、K君という早稲田大学の知らない学生から、「蒼生」という雑誌のインタビューを依頼された。それは学生の創作をメインにした一年に一冊の、つまり卒業記念的な雑誌なのだが、彼ら学生はこれを、後期の実践的な授業のなかで制作するそうだ。卒業記念的だけ違っていて、大学2年生から4年生が授業で「蒼生」を作る授業だそうです。
他は誰が出演するかと聞くと「宮崎駿」、
インタビューは「発注一月十九日仕上げ節分二月三日、ゲラ二回見る」、数日後に発注という急な話。
お断りしようとすると、本当の特集は「文学とハラスメント」だという。
「私達学生は渡部直己教授のセクハラ告発をするべきだと思いました。すると市川先生と北原先生からありとあらゆる妨害を受けました。僕は今自分もハラスメントの被害者だと感じています。この批判を終えるまでは卒業しません」
「セクハラを許せない。渡部氏だけではない。ある女性教員は 被害者に味方したり学生が嫌な目にあわないように注意喚起をし、相談に乗ってくれてもいた。市川先生はそれをいなしに行き、ほどほどにしろと牽制したんです」依頼主は、早稲田大学の渡部セクハラ事件を特集しようとしたが、できなかった。
代わりにそのハラスメントの批判特集を作るという。その話を聞いて…。
 私はさまざまな事を思い出した。――市川君、もし君がこの 特集の私の原稿をボツにしたら君は、この生涯で私に三度、言論統制をかけたことになるね?あの時、「柄谷行人」と私は書けなかった。「日本近代文学の起源」とも君は書かせなかった。


書くべきことを書かせない、ことに個人名を書かせない。この学生たちの必然的受難、それは「私が来た道」なのであった。 むろん、別に私の戦った相手は市川君だけではない。長きに渡る論争経験とその論争媒体における言論統制との戦い。私はその細い道を歩いてきて、やがてこの国が辿る大道を知った。

文壇における言論統制、それこそ戦争への道なのである。純文学における「タフなカナリア」と私は年来呼ばれてきた。

文学は自由に書け、例えそれが政治的テーマであっても、そ…

『蒼生2019』特集「文学とハラスメント」に笙野頼子「これ?二〇一九年蒼生の解説です」掲載(2)

早稲田大学文芸・ジャーナリズム論系の学生誌『蒼生2019』の特集「文学とハラスメント」に、笙野頼子「これ?二〇一九年蒼生の解説です」が掲載されています。
前回の紹介記事はこちら

「蒼生」は早稲田大学の授業「編集実践2」で作る冊子で、公募作品と本特集「あなたとして生きる」、自主企画「文学とハラスメント」「紙の本を保存すること」を収録。
「文学とハラスメント」の前書き「文学学術院の皆さま、そしてお読みくださるすべての方々へ」(P66)で、なぜ企画されたかがわかります。学内には、一連の問題をすでに終わったものとみなすような空気が流れています。しかし報道を見ているかぎり渡部から被害者女性にたいして誠実な謝罪がなされたとは言い難く、隠蔽や抑圧ともとれる行為をはたらいた教員に名への処遇も、学生の不信感を拭い去るものとは到底思えません。だからこそ私たち、渡部の元ゼミ生と卒研生から構成される七名は、文ジャの学生が今回のハラスメントについて考える場をどうしてもこの『蒼生』の内部に作りたかった。そのような思いから立ち上げられたのが特集「文学とハラスメント」です。

しかし雑誌を作り上げていく過程で、私たち自身も担当教員からハラスメントを受けました。授業日程の不可解な変更、例年よりも大幅に削減されたページ数、「君たちに危険が及ぶといけないから」「名誉毀損で訴訟されるかもしれないので掲載は難しい」という教員の<助言>、特集を自発的に取り下げるよう誘導するための<相談>……。

担当教員からの多岐にわたる妨害については、抑圧者の言語を一貫して批判し続けている小説家の笙野頼子さんがご自身の論争経験も踏まえながら、学生による戦いの記録を残してくださいました。(ミナガワジャミさんのツイートに画像あり
渡部直己元教授のセクハラ事件考える場を作りたかったから、渡部の元ゼミ生と卒研生達が特集を作ろうとした。
しかしそれは叶わなかった。そしてなぜ出来なかったかという記録を残したと。
それが笙野さんの解説記事なのですね。
記事では、以下の三つが解説されています。
・授業日程の不可解な変更
・例年よりも大幅に削減されたページ数
・教員の<助言>

● 依頼の話
笙野頼子「これ?二〇一九年蒼生の解説です」は、学生の依頼から始まります。
一月下旬に「蒼生」のインタビューの依頼。
発注1月19日、仕上げ2月3日…

誕生日おめでとうございます

イメージ
3月16日は笙野頼子さんの誕生日。おめでとうございます。
末永くお元気であられますようお祈り申し上げます。

笙野さんの小説は一冊で完結していますが、他の作品とリンクしていたりして、それを追っていくのもファンの大きな楽しみです。
その繋がりをざっくりシリーズ別に分けた図を作ってみました。
独り善がりで間違っている所もあるかもしれません。

あと、見えにくい作りになってしまいました。難しい。

『蒼生2019』特集「文学とハラスメント」に笙野頼子「これ?二〇一九年蒼生の解説です」掲載

早稲田大学文芸・ジャーナリズム論系の学生誌『蒼生2019』の特集「文学とハラスメント」に、笙野頼子「これ?二〇一九年蒼生の解説です」が掲載されています。
この企画、渡部直己の大学院生へのセクハラ問題を特集だと思います。
(追記:03/24)セクハラの特集を作ろうとしたが出来なかった理由をまとめた解説でした。
『蒼生2019』特集「文学とハラスメント」に笙野頼子「これ?二〇一九年蒼生の解説です」掲載(2)
ハラスメント内容のみまとめ記事
『蒼生2019』特集「文学とハラスメント」に笙野頼子「これ?二〇一九年蒼生の解説です」掲載(3)
エッセイ全体の紹介記事
『蒼生2019』特集「あなたとして生きる」インタビュー餅井アンナの感想
他の記事の感想も。
関連記事調査結果および本学の対応について – 早稲田大学
早大名物教授「過度な求愛」セクハラ疑惑 | プレジデントオンライン
早稲田の学生自ら特集し、笙野さんに解説を掲載するとは。すごい行動力!将来有望ですね。
サークル員が様々なかたちで関わった『蒼生2019』が完成しました!! pic.twitter.com/Z0apCYOyGp— pabulum (@pabulum15) March 12, 2019 「ハラスメント紋切型辞典」という記事もキレキレらしい。読んでみたい!

この早稲田大学教授セクハラ、組織ぐるみで「口止め」が行われていた点も問題視されています。
早大セクハラ疑惑「現役女性教員」の告白 | プレジデント
早大セクハラ疑惑"口止め教員"の怠慢授業 | プレジデント
早大"セクハラ口止め"調査委が認めた内容 | プレジデント
早大セクハラ防止室"握り潰し"の実態告白 | プレジデント
早大セクハラ「退職金返還拒否」の妥当性 | プレジデント
セクハラ相談員は「触られたくらいで」と言い放った。大学はハラスメントに対応できるのか
セクハラ防止室の人がカウンセラーでなく素人とか派遣とか、色々ひどい。

福嶋亮大「文壇の末期的状況を批判する」REALKYOTO
早稲田大学現代文芸コースのセクシャルハラスメント報告書がひどい
東京新聞・中日新聞が報じる早稲田大学セクハラ調査報告書がひどすぎる。
なんと報告書の用紙に被害者の名前が透かして映るように作り…

川上亜紀『チャイナ・カシミア』に笙野頼子解説「知らなかった」

イメージ
七月堂より刊行された川上亜紀作品集『チャイナ・カシミア』に笙野頼子さんの解説「知らなかった」が収録されています。
七月堂さんから通販できますよ。
Amazonは本のページができたばかりですが、通販 hontoオンライン書店e-honで予約できます。

馬場秀和ブログでは、『チャイナ・カシミア』(川上亜紀)
『モーアシビ 別冊 川上亜紀さん追悼特別編集』(白鳥信也:編集)ともに紹介されています。
東條慎生さんの感想も。川上亜紀『チャイナ・カシミア』 - Close To The Wall
収録作品「チャイナカシミア」早稲田文学2004年3月号
「北ホテル」モーアシビ16-18号2009年
「靴下網師とメリヤスの旅」モーアシビ32号2016年
「灰色猫のよけいなお喋り 2017年夏」モーアシビ34号2018年
解説:笙野頼子「知らなかった」

「チャイナカシミア」は、カシミア混のセーターをきていた私や父がいつしか山羊に変身、周りから家畜として扱われてしまう展開に。
怖いのが家畜の生活と人間の生活にあまり差がない感じがするところですね。そして可愛い灰色猫。

「北ホテル」、北海道の小樽運河に一人旅する友子がダッフルコートの私と習合する話。
旅先ホテルの部屋に入る時にチラつくゴースト、ってその不安なんかリアル。そういうのありますよね。あれ何なんでしょう。

「靴下網師とメリヤスの旅」、駅近パン屋のイートインコーナーで編み物していると隣の白髪女性と仲良くなり、女性の靴下を編んであげる事になる。
パン買うついでにイートインでコーヒーとか、見知らぬ客と会話とか、ミステリ好きで近所の小さな図書館では物足りず大型図書館行くとか、でこぼこのマフラーしか編めないとか、本好きあるあるの連続で面白い。ラストの完成した靴下を渡した後の展開も爽やか。
語られない大ゲンカ事件という演出も推理小説のお約束で良いですね。

「灰色猫のよけいなお喋り 2017年夏」は、川上亜紀さんの飼い猫チビさんの楽しいお喋り。貰われてきた経緯や飼い主家族との生活を語ります。
ツイッターで時々登場してたお喋りが短編に。
ロシアンブルーのチビさんは、肝臓の数値高めなのに療養食カリカリも薬も食べない、その上ささみ大好きな偏食系。そのワガママな難易度高い猫が16年も長生きしたなんて凄い。大事にされてた証拠ですね。
解説:笙野頼子「知らなかっ…

川上亜紀作品集『チャイナ・カシミア』に解説

川上亜紀作品集『チャイナ・カシミア』が七月堂より刊行されました。
笙野頼子さんの解説が収録されています。
群像2019年1月号で「ゲラが家に来ている。私は十二月中に、この後書きを二十枚、書くことになっている」と触れられていた短編集で、七月堂の店頭で販売されているとか。通販はまだなんですよね〜待ち遠しい。
公式サイト:世田谷の出版・印刷 (有)七月堂
【新刊のお知らせ】
川上亜紀作品集『チャイナ・カシミア』を発行しました。
早稲田文学などの雑誌で発表された、単行本になっていない作品です。
小説が3つとエッセイがひとつ収録されており、川上さんの不思議でやさしい世界が広がります。

pic.twitter.com/lEOfEHlKJi— 七月堂 | 古書部も営業中! (@shichigatsudo2) 2019年2月1日

週刊金曜日01/25に笙野インタビュー

イメージ
週刊金曜日2019年01月25日号(no.1217)に笙野頼子さんのインタビューが見開きで掲載されています。
特集:新たな奴隷労働!?移民大国 ニッポン|週刊金曜日公式サイト
【シリーズ】私たちは黙らない!vol.13
「格差もTPPも辺野古も文学で「報道」できる」笙野頼子
撮影・聞き手・まとめ:岩崎眞美子さん

最新作『ウラミズモ奴隷選挙』の世界観が、2003年刊行『水晶内制度』から始まる事、権力者の言語を「おんたこ」と名付け小説に描いてきた事、安倍政権の言説がまさに「おんたこ」であることなど話がすすみます。(ーーは聞き手の発言)
戦争より怖いTPP
ーーそのおんたこ政権が権力言語で民主主義を煙に巻き、様々な悪法を可決し続けています。特にTPP (環太平洋戦略経済連帯協定)関連法に関しては近作で強く警鐘を鳴らされていましたね。

21世紀に入ってすぐの、小泉純一郎内閣の郵政民営化と規制緩和で、あっという間に格差と貧困が広がりました。TPPはその仕上げですね。21世紀は、性暴力と経済暴力の時代なのです。これらは暴力を振るう側にとって「お得」なもので、そのツケはみな、女たちや弱い立場の人たちに押しつけられます。
TPPに付随する経済条項は、ある意味戦争よりも原発よりも恐ろしいと思います。なぜなら、TPPは生活の必要不可欠な部分から搾取するからです。水道をはじめとした公共の制度をどんどん民間企業に渡して好きなようにさせる。金がないからと自分の庭で野菜を育て種を取ったり井戸水を使ったりしたら新法で罰せられる。節約で工夫することができない部分から根こそぎ奪って行くのです。なんとしてでもTPPから脱退しなければ。TPPが「戦争よりも原発よりも恐ろしい」とは。正直そこまでの恐ろしさを認識できていなかったですね。

ーーTPPの問題は非常に重要なのに危機感が広く伝わっていません。しかし笙野さんの小説では、その後あっという間に壊れて行く「にっほん」の姿が描かれ、私たちの未来像としてリアリティがあります。

文学は「報道」に向く

大手メディアがまともに報道していないということが問題ですね。私はやむなく文学で「報道」してきました。部数は少なくとも話題になればいい。タイトルや帯に「戦争を止めよう」「TPP反対」とあるだけでも本屋でプラカードのような役割を果たしますから。メディアは「よく調べないと報道がで…

琉球新報1/20内藤千珠子『ウラミズモ奴隷選挙』書評

琉球新報2019年1月20日(日)読書欄12面に内藤千珠子さんの『ウラミズモ奴隷選挙』(笙野頼子)評「仮想社会で描く女性暴力拒否」が掲載されています。 疾走する想像力によって書き上げられた力作である。世界の悪意と闘うために、笙野頼子が設定したのは、仮想世界「にっほん」は、2016年にTPP(環太平洋連帯協定)が批准されてできた架空の近未来世界である。「メガ自由貿易」を従順に受け入れ、奴隷状態となったにっほんの没落ぶりは激しい。人々は自らを奴隷化し、暴力は弱い側に向かう。そこでは女性への虐待が横行している。
 あまりの過酷さに、女性たちは立ち上がり、にっほんの内部で女人国「ウラミズモ」が独立した。そして現在、「国家戦略特区」となった地方自治体は、選挙によって「にっほん」か「ウラミズモ」か、帰属を選ぶことができる。
「女尊」の国ウラミズモも、理想的国家とは言い難いが、選挙の結果、ウラミズモの領土は次第に広がっていく。
 「S倉区」に古代から祭られてきた石の女神「姫宮」が語り始める。夫の陽石神は暴力的な男たちに嫌気がさし、姿を消してしまった。姫宮は夫からの贈り物を探すため、人間の「おばあさま」に化けて現れたのだった。ウラミズモで生きる女性たちの生に呼応しながら、姫宮は歴史と現在を知り、女性への暴力に憤る。
 描かれた女性たちの痛みはさまつな「女の問題」にみえるかもしれない。だが、それは「女の問題」にみえることで不可視にされる、世界全体の不幸にほかならない。なぜなら「性暴力、差別暴力、経済暴力は三位一体」で、「最終的には経済暴力になって世界を覆う」からである。事実、私たちは、性別を問わず、すべての身体が資源とみなされる現実を生き始めているのではないか。
 この仮想世界の中で、奴隷化された人々は選挙にいってウラミズモを選ぶ。姫宮は苦労して移動しながら、新しい世界の人々に出会い、別の姿と化した夫をみつける。想像力を全開にすれば、小説の言葉の中で、生き抜くための指針にめぐりあえるはずだ。古代石の女神・姫宮にスポットを当て、小説の全体をわかりやすく解説されています。古代神の視点によって歴史のスパンで「世界全体の不幸」と捉えられる形になっているのではと思います。

週刊エコノミスト01/22『ウラミズモ奴隷選挙』、図書新聞01/19に「返信を、待っていた」

週刊エコノミストの読書日記「現代社会を笑い撃つユーモアと孤高の知性」でブレイディみかこさんが『ウラミズモ奴隷選挙』の感想を書かれています。
https://weekly-economist.mainichi.jp/articles/20190122/se1/00m/020/011000c
紙版「週刊エコノミスト」2019/01/22号にも掲載されました。
前書きの一文の真摯さに、私は心を撃ち抜かれた。
「さあ、芸術とは何だろう。「そこに危険の予告や仲間への愛、生命を感じて、それを生きるための磁石や或いは、糧にするもの」か、それとも「よーく研究して、公平中立に、すみからすみまで理解する」ものか。」
「政治とは」「社会とは」と漢字だらけの堅苦しい論考を書くあまたの批評家より、笙野氏の執筆に対する矜持のほうが実はよっぽど硬質である。それでいて「Let me entertain you」のサービス精神を忘れない書きぶりは、本当に日本ではレアな作家だと思う。同感です。真摯な社会批判だけでなく、読者へのサービス精神で貫かれてます。見開きのエッセイですら全力投球で面白いですからね。
合わせて、オーウェン・ジョーンズ『エスタブリッシュメント』も紹介しています。
THE BRADY BLOGでも、『エスタブリッシュメント』と『ウラミズモ奴隷選挙』はシンクロ部分ありと言われてました。こちらの新刊もぜひ読みたいところ。
THE BRADY BLOG:オーウェン・ジョーンズ新刊、エコノミスト「読書日記」など

図書新聞2019/01/19号(3383号)岡和田晃下の文芸時評第47回「シニシズムの連鎖を切断し、「男尊左翼」の傲慢をも退ける勇気」に笙野頼子「返信を、待っていた」(群像2019年1月)が取り上げられています。
「返信を、待っていた」はテクニカルな短編で、「三日間」や「グリーン・カルテ」といった優れた小説を残した川上亜紀への哀悼を貴重にしつつ、小説で描かれた「難病患者」としての「自然と身につけている肉体への希薄さ」を共有できないでいる語り手とのずれが、「マスコミのどこもTPPは批判できないし、五輪の批判も自動車輸出の優遇もろくに文句を言えない」現実へと敷衍される。ネットでの女叩きを目撃し、「左右のどっちが政権をとっても」女は奴隷のまま、という不安が語られる。「新潮45」のLGBT差別までも…

赤旗1/7(月)に島本理生&笙野頼子対談記事

あけましておめでとうございます。新年早々ニュースが飛び込んできました!
今年も笙野情報を勝手に流して行きますのでよろしくお付き合いください。

「しんぶん赤旗」2019/1/7(月)1面と7面に笙野頼子さんと島本理生さんの対談が掲載されています。
昨年8/17に木村紅美さんとの対談、それが笙野さんが「文学で戦争を止めるべく、文学者と連帯していく」対談シリーズ「さあ、文学で戦争を止めよう」となって帰ってきました。
今年はなんと直木賞受賞された島本理生さんとの対談です。
ファーストラヴ』の話、新刊『あなたの愛人の名前は』の話、海外と交流したいというお話など。島本ファンにはたまらない対談ですね。
笙野 小さいものがつぶされそうな時、その怒りを個人の内面から描くことはとても大切です。島本さんは昔から一行一行、一人一人をゆるがせにしないで少女の本音を書いてきた。つくられた女性像ではない、現実の人間である女性を書いていると思います。私は小説『ウラミズモ奴隷選挙』の中で、高齢女性のそれを見せようとしたわけですが。

島本 私が描く少女には、その時代、時代にもてはやされる少女性は内容で、地味だ、偽善だと言われることもありました。

笙野 リアルな少女を描くと偽善にされてしまうのは、少女を性的なツール、男が支配できる存在にしておきたいから。島本さんが描く理想の性愛は、女性が大切にされて、恋人が背中をなでてくれたり、「おいしいね」と言いながら一緒にご飯を食べたり、そんな自由で優しい空間の中にあるんですね。

島本 今回の小説でも環菜が受けた性的虐待について、「少女は早熟だから男を誘惑する顔を持っていると思っていた」という男性からの声もありました。こうした根強い幻想に対して、それは違うということを丁寧に書いていかなければならないと思います。

笙野 少女を性的に搾取したあげく、自分の意思でしたことじゃないかと自己責任を負わせるのは、新自由主義そのものです。『ウラミズモ奴隷選挙』の市川房代の疲れっぷりがリアルで格好いいという人を見かけましたよ私。
しかし、女性がリアルに書いたら「偽善」と言われるとかホントありえないですね。
笙野 この対談のシリーズの通しタイトルは「さあ、文学で戦争を止めよう」なんですが、島本さんとは「女性差別を止めて、戦争を止めよう」という話をしたいと思っていました。

島本 そうです…