東京・中日新聞10/16(木)夕刊<大波小波>に笙野頼子「会いに行ってーー静流藤娘紀行」

東京・中日新聞2019年10月16日(木)夕刊の「<大波小波>私小説の系譜」に、笙野頼子「会いに行ってーー静流藤娘紀行」(群像5・7・9・11月号掲載)が紹介されています。
<大波小波> 私小説の系譜 | 文化面 | 朝夕刊 | 中日新聞プラス
奇想天外な小説である。しかし藤枝は最後まで、これは私小説であると主張した。

この藤枝が新人賞に推薦して世に出たのが、笙野頼子。『群像』に連載中の連作小説「会いに行って――静流藤娘紀行」を読むと、彼女がいかに自由奔放な想像力を駆使して、師匠への愛と敬意を語っているかがわかる。その文体はさながら笹を片手に舞う、大津絵の巫女のごときである。そして笙野もまた自作を私小説と呼んではばからない。茶碗やグイ呑みが空を舞うように、笙野の連作では文字通り、言葉という言葉が空に舞っているのだ。

私小説とは男性作家が過去の女性関係を告白し、異端を気取ることではない。志賀から藤枝を経由して笙野にいたる文学の系譜を私小説だと改めて認識し、日本文学史の基軸を微調整することは、今後の小説に豊かな領野を保証することだろう。(ケロ)
滋賀県大津市の大津絵といえば藤娘。藤娘つながりで大津絵の巫女とは渋い。(関西の人しか分からないネタかも)
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私は藤枝師匠に印象派〜シュルレアリスム等つながりを感じましたが、絵画を連想する人、私だけではなかったんですね。

私的には文章は、言葉の大波の様に感じられましたよ。読んでるとサーフィンしてる気分です(現実にしたことないけど)。
藤枝静男は私小説はふたとおりあると思っている、と書かれていましたが、そういう私小説の系譜もあると思うがどうだろうかということですよね。

「会いに行って」で『田紳有楽』を語った回といえば第4回です。
群像11月号笙野頼子「会いに行ってーー静流藤娘紀行」第4回掲載
その前の第3回もダイナミックでおすすめ。
群像9月号笙野頼子「会いに行ってーー静流藤娘紀行」第3回掲載

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