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東京・中日新聞8/27夕刊「大波小波」に『水晶内制度』

東京・中日新聞2020年8月27日夕刊<大波小波>奇跡の復刊 で、笙野頼子『水晶内制度』が紹介されています。 ● <大波小波> 奇跡の復刊:中日新聞Web  原発の受け入れと引き換えに日本国から独立した女人国「ウラミズモ」に移住した作家の物語である。男との性愛がないばかりか、男は家畜のように放牧され、日本国には少女コンテンツを輸出して荒稼ぎする。そんな超過激なディストピア小説だ。原発と日本の男たちのロリコン文化への洞察は、むしろ今読む方が生々しい。その後の日本の劣化ぶりが逆に見えてくる。  本書の復刊に際して、笙野は三十五頁に及ぶ「作者による解説」を寄せている。新自由主義によって格差と差別が蔓延するようになった日本の状況を振り返りながら、また大塚英志ら「論敵」との論争をたどりながら、本書の再刊を「海の上に燃える炎」のような奇跡と述べている。こんな奇跡の復刊がどんどん続いてほしいものだ。(硝子) 本当に、名作はどんどん復刊してほしい。 記事の冒頭に版元は「自社出版と兼ねて多くの小出版社の本を扱うトランスビューによる直取引代行である」とありますが、 エトセトラブックスは「弊社刊行物はトランスビューのほか、八木書店経由ですべての取次に卸しますので、全国あらゆる書店でお取扱いただけます。」とのこと。 全ての取次で扱っているということは、最寄りの書店で注文できるということですな。

『水晶内制度』8/12復刊&「お礼とお知らせ近況報告」資料室に掲載

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笙野頼子『 水晶内制度』がエトセトラブックスから8月12日より発売です。 蛍光色がまぶしー!帯がでかい。装幀・装画は鈴木千佳子さん。 Amazonや通販は入荷が遅れるらしいので、最寄りの書店or版元のオンラインストアで買う方が早いかもしれません。 ● 水晶内制度 | etc.bookshop ● 『水晶内制度』お取り扱いのある全国書店一覧|etc.books|note 新潮社より2003年7月刊行された本作に加筆修正し、2020年ついに復刊。 書き下ろし35pの解説「作者による解説ーー水晶内制度が復活した」も収録されています。 解説では発表された2003年、第三次「純文学」論争から本作が生まれた経緯を語られてます。 世界観や設定からプライベートな事まで、こんなに書いちゃっていいのと心配したくなる程です。 読売新聞読書委員や野間文芸新人賞の選考をされていた当時から現在までのネオリベ経済への危機感、当時の評価、発表後は同性愛者と勘違いされたりした事など、様々なエピソードも入ってます。 さらに、初めて読まれる方のために本作の取扱説明書まで。 最初の14ページまでが最も難解だから、困難なら58ページあたり開いてみて欲しいそうです。 馬場秀和ブログに書き下ろしの解説がアップされました。本編の方も。 ● 『作者による解説――水晶内制度が復刊した。』(笙野頼子) ● 笙野頼子『水晶内制度』(エトセトラブックス) 内容を丁寧に解説してまとめています。素晴らしい。 そして確かに解説は35Pでした。間違えて34と書いてました。すみません。 書き下ろし読んだ後、改めて小説を読むとまた新たな見方ができて2度美味しい、と思うのですよ。 スクナヒコナからの『海底八幡宮』猫荒神シリーズの流れ、前はわかってなかったな。 あわせて、笙野頼子資料室に復刊のご報告を頂いています。 ● お礼とお知らせ近況報告 :笙野頼子資料室 復刊しました!長きにわたる熱いご所望、紙の本を新品でという絶叫ツイート、しかしここまでの時間が掛かりました。どれほどの困難があったかを言い尽くせません。それでも私にはこの本を復刊する義務も権利もあると思って、大震災後こそ諦めませんでした。お待たせいたしました。自作解説五十枚加えております。  作中に神話の書き換え、ケガレと差別、心の性別、

群像9月号に『会いに行って』書評 吉田知子「悲しいだけ」掲載

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群像2020年9月号 に、吉田知子さんの笙野頼子『会いに行って 静流藤娘紀行』の書評「悲しいだけ」が掲載されています。 吉田知子さんといえば、『会いに行って 静流藤娘紀行』にお名前が何度も登場されています。 ところで、……吉田知子さんが同人誌「バル」を送ってくださった。「群像」読者ならばご存知のはずだが、浜松出身で師匠と親交があり、師匠に見いだされた作家である。彼女の作品を私はどれも好きで特に代表作の中では『お供え』が好きだ。「バル」には吉田さんの他に清水良典さんが随筆を書いている。p85 師匠、師匠、師匠の生まれた地と育った地の濃い光強い緑、けして水割りではない強い空気、それはたった何回か行っただけでも、私を変えました。用宗の海も、五十海の湿度も、師匠のお家のお庭の紅葉のあり方までとても、心に皮膚に、残りました、なので、その上で言いますよ、地方とは何か?それはけして東京の道具、中央の搾取対象、などではない。物事の本質である大切な細部、器官なき身体の飛び跳ね回るところである、だからこそそこには、吉田知子がいて、小川国夫が育ち、その特異な小説を群生させたのか。p179 このように藤枝静男とご縁の深い方が書評を書いてくださるとは。 冒頭は藤枝氏の病院から始まります。 昭和二十年代、待合室も診療室も人でごった返していたと。二、三ヶ月に一度、病院で昼休みにお会いしていたとか。 芥川賞受賞された時のこと、浜松にきた編集者や作家をもてなすため氏に何度も呼び出された話や、氏のお気に入りの壺や書「観玄虚」を頂いた話も。 去年手紙や写真を整理したら氏と一緒の写真が百枚以上あったこと。 夫婦で藤枝邸でご馳走になったり、家に氏が来られたりしていたと。 こうやっていろいろ書き、笙野さんの本を読み返し、その間中、ずっともやもやした心持ちがあった。それは何かというと藤枝さんのことをこんなに大事に思ってもらって本当にありがたいという気持ちである。私がいうのは変に決まっているが、どうしても言いたい。おそらく身内意識なのだろう。弟子でも師匠でもなく文学関係でもない。身内。そうだとすると、何かというたびこちらの都合お構いなしで呼び出されたのも納得できるのだ。身内だから当然だったのだ  藤枝さんが亡くなって寂しい。もう呼び出されることはない。悲しい。 弟子でもなく身内。藤枝ファミリー

毎日新聞7/29文芸時評に『会いに行って』

毎日新聞2020年7月29日(水) 夕刊の文芸時評7月 田中和生「遠藤周作の未発表小説 新たな読みを喚起」で笙野頼子『会いに行って 静流藤娘紀行』が紹介されています。 文芸時評:7月 遠藤周作の未発表小説 新たな読みを喚起=田中和生 - 毎日新聞  新たな読みを喚起するという意味では、笙野頼子が藤枝静男について語った『会いに行って 静流藤娘紀行』(講談社) も、注目に値する。八一年に群像新人賞を受けてデビューした笙野は、選考委員だった藤枝静男に見出されたと言っていいが、それ以来私淑することになった作家の姿と文学を縦横に論じている。志賀直哉に師事し高井孝作の影響を受けた藤技は特殊な私小説作家と目されるが、笙野はその代表作である『田神有楽(七六年)』に真の「私小説」を見出している。  作中で藤枝を「師匠」と呼ぶ作者自身を思わせる語り手は、この作品が私的な経験や個人的に得た資料を駆使して「師匠」について書く、私小説ならぬ「師匠説」だと宣言する。そして藤枝が九三年に亡くなるまでの姿や、その前後で変わらずに影響を受けてきた作品の凄みを、作者自身の記憶と近況も交えながら語る。中盤の天皇制をめぐる議論も興味深いが、 荒唐無稽でSFのような『田紳有楽』の世界が実は「私」の真実しか書かれていない「私小説」だと示していく手際が鮮やか。志賀直哉、藤枝静男、小川国夫、笙野頼子とつづく、文学史的な系譜が見え、そこでの藤枝の重要さが浮き彫りになる、作家が一度しか書けない決定的な「師匠=私小」説だ。 内容もコンパクトにまとめ、藤枝静男を知らない人にもわかりやすく解説していて良いですね。