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『猫キッチン荒神』7/27発売?『猫道』ポスカプレゼント

笙野頼子『さあ、文学で戦争を止めよう 猫キッチン荒神』、講談社から7月27日発売予定だそうです。
紀伊國屋書店ウェブストアからいち早く予約受付メールが届きました。2ヶ月後が楽しみですね。
群像2017年4月号に掲載された長編小説「さあ、文学で戦争を止めよう 猫キッチン荒神」の書籍化で、小説神変理層夢経シリーズ(猫荒神モノ)第三章に当たる本作。2ヶ月後が楽しみです。
さあ、文学で戦争を止めよう 猫キッチン荒神/笙野頼子:紀伊國屋書店ウェブストア

そして、4月24日から講談社文芸文庫で「猫道」愛読者アンケート募集されています。
重版御礼! 笙野頼子さん『猫道 単身転々小説集』の愛読者アンケートをお送りいただいた方のうち抽選で10名様にオリジナルポストカードセットをプレゼントいたします。抽選結果は発送をもって代えさせていただきます。 pic.twitter.com/dKsWrcXI6l— 講談社文芸文庫 (@bungei_bunko) 2017年4月24日
講談社文芸文庫『猫道 単身転々小説集』にある愛読書アンケートハガキを送ると特製ギドウ・ポストカードが抽選で10名に当たるとのこと。
2008年からブログしてますがプレゼント企画は初めて。超希少なチャンスですよ、『猫道』アンケートハガキをお持ちの方は今すぐ応募いたしましょう。
(うっかり書き忘れてしまい、お知らせが遅くなってごめんなさい。でもまだ間に合うはず…)

図書館文学アンソロジーと『花の命はノー・フューチャー』復刊

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日比嘉高編著『図書館情調 (シリーズ紙礫9) 』に 笙野頼子「S倉極楽図書館」(by『片付けない作家と西の天狗』)が収録されるそうです。皓星社より6月10日発売。
猫の泉さんのツイートでもくじが紹介されてました。
「図書館情調」 萩原朔太郎
第一部 図書館を使う
「出世」 菊池寛
「図書館」 宮本百合子
「文字禍」 中島敦
「世界地図を借る男」竹内正一
第二部 図書館で働く
「柴笛詩集」 渋川驍
「少年達」 新田潤
「司書の死」 中野重治
「図書館の秋」 小林宏
第三部 図書館幻想
「深夜の道士」 富永太郎
「S倉極楽図書館」 笙野頼子
「図書館幻想」 宮澤賢治
「図書館あるいは紙魚の吐く夢」高橋睦郎
「図書館」 三崎亜記
解説 日比嘉高図書館に関わる小説を集めたアンソロジーなんですね。

来月はもう一つ、ブレイディみかこ『花の命はノー・フューチャー』復刻版が6月6日に発売されます。
この本に収録されているらしい『母の発達』書評を読みたかったんです。でもずっと絶版で。復刊してくれて嬉しい限り。
200p大量加筆プラス解説に栗原康、帯文に佐藤亜紀とは正にデラックスエディションや。
ブレイディみかこさんの文庫のカバーをやらせてもらいました。蛍光ピンク使えたらなぁ。モリッシーの本も出す予定があるようですね。 pic.twitter.com/KF6kujgfxs— 岩瀬 聡 Satoshi Iwase (@satoshi_iwase) 2017年4月26日

『私にとっての憲法』に笙野頼子「ガラス細工の至宝」収録

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4月21日に刊行された岩波書店『私にとっての憲法』の第4章に笙野頼子さんの「ガラス細工の至宝」が収録しています。
本書は様々なジャンルで活躍する方々53人による日本国憲法についてのエッセイがてんこ盛り。多角的な視点で憲法語られています。
私にとっての憲法 - 岩波書店
馬場秀和ブログにさっそく感想あがっていました。
笙野頼子『ガラス細工の至宝』(『私にとっての憲法』岩波書店編集部 収録)
東條さんのつぶやきも。
笙野頼子さんから『私にとっての憲法』を恵贈頂きました。TPPの流れた後でも別の方向から企業本位の主権収奪の危機を訴え、TPP交渉差止・違憲訴訟の会に入っているという危機意識の継続を語っている。直接送って頂いて手書きの私信(ブログでの感想についての応答)入りで恐縮しきり。
pic.twitter.com/bTU7Qjr2Br— 東條慎生 (@inthewall81) 2017年4月26日

第4章の笙野頼子「ガラス細工の至宝」では、TPP交渉差止・違憲訴訟の会に入っている笙野さんは「その中で憲法とは何か、新しい一面が見えたと思った。」そうです。
憲法、それはTPPによって、或いはまた今後いくらでも襲ってくるいくつもの人喰い条約によって、底を抜かれる桶のようなものに「過ぎない」のだ。いくらたがを嵌めても、水を汲めなくなる。その上の国際条約であるTPPやFTAやTiSAで、グローバル企業に有利な条約を作られたら、いくら憲法で人権を保障しても蹂躙されてしまうわけです。国際条約チョー危険。
親川志奈子「沖縄人の私の日本国憲法」では、日米地位協定とともに憲法は語られています。
近年日本国憲法が再考されている。先住民族やLGBTなど制定当時可視化されていなかったマイノリティに言及し、過去には持ち得なかった視点で人権に配慮するのかと思いきや、あるいは、日米地位協定が日本国憲法よりも上位に来ている今のあり方を問い(翁長雄志沖縄県知事に「日本の独立は神話か」などと言わせないよう)独立国家として米国と対等に交渉できるようにするのかと思いきや、自民党の憲法改正草案はとても懐古的な内容になっていた。いくつかのインタビューで「憲法改正をどう思いますか?」と問われ「日本人は「押し付け安保」とは言わないくせに「押し付け憲法」と言いますよね。日本国憲法を捨てるなら沖縄人に下さい、私たちはそれを持って独…

「私にとっての憲法」岩波書店に笙野頼子エッセイ収録

さまざまなジャンルの53人が憲法について語る本『私にとっての憲法』が岩波書店より発売されます。
第4章に笙野頼子さんの「ガラス細工の至宝」を収録しています。
刊行日は4月21日、て明日じゃん!
もくじは岩波のサイトにありますよ。
私にとっての憲法 - 岩波書店
立ち読みPDFには、もくじと坂本龍一と竹下景子のエッセイまでよめるし。
【執筆者】赤川次郎・池内了・石田雄・井戸正枝・伊東光晴・色川大吉・打越さく良・内田樹・大田堯・岡田憲治・岡野八代・尾辻かな子・親川志奈子・鹿島徹・片山善博・北原みのり・久保利英明・熊谷晋一郎・久米宏・黒澤いつき・小谷真理・坂手洋二・坂本龍一・佐藤直子・佐藤芳之・島薗進・笙野頼子・白井聡・鈴木邦男・想田和弘・高遠菜穂子・竹下景子・田中美津・永井愛・仲里効 西谷修・西原春夫・西山太吉・仁藤夢乃・丹羽宇一郎・浜矩子・原寿雄・PANTA・半藤一利・比嘉慂・平野啓一郎・藤原辰史・保坂展人・保阪正康・松元ヒロ・山口智美・山﨑拓・米倉明超豪華なメンバーだなー。

図書新聞4/15号文芸時評第26回に猫キッチン荒神

図書新聞2017/4/15号no.3299 岡和田晃〈世界内戦〉下の文芸時評 第26回「文学で憑在論的な戦争は止められるのか?止められる。」に、笙野頼子「さあ、文学で戦争を止めよう 猫キッチン荒神」群像2017年4月号が取り上げられました。
アップするの遅くなってしまってすみません。
笙野頼子「さあ、文学で戦争を止めようーー猫キッチン荒神」(群像)は、笙野頼子、渾身の一作。昨年の本誌下半期アンケートで挙げた『ひょうすべの国ーー植民人喰い条約』も凄まじかったが、こちらは輪をかけて気魄がこもっている。結論から言えば、この作品が圧倒的なのは「さあ、今こそ文学で戦争を止めよう。この売国内閣の下の植民地化を止めよう」という読み違えのない訴えが実現可能であると説得されてしまうことだ。どうしてか。「知識では買えない文学による危機の実感」と要約しても、伝わらないか。世界に向ける眼差しと、自己の立ち位置を切実に記述する方法が一貫していて、両者の間にズルさが挟まれないのだ。いくらでも安全地帯から言葉を発せられるSNS的な無責任さと対照的なのだ。『ひょうすべの国』はTPPがテーマだったが、予想を覆すトランプ政権の誕生によって、その未来予測が無効化されたとみなす向きもあった。けれども本作では、変化のさなかで本質的に連続しているものは何かという問いにしっかりと応えている。「未来予測が無効化されたとみなす向き」と同じく、トランプが大統領になったときは無効化されたと思ったものです。
しかし最近トランプもまたTPPの条約をベースに日米貿易しようずとか言って来ていたり。別ルートで着実に「ひょうすべ」的未来世界に展開していきそうな雲行きですよ。



毎日新聞3/29文芸時評に「さあ、文学で戦争を止めよう猫キッチン荒神」

毎日新聞2017年3月29日夕刊の文芸時評・田中和生「想像力の先の現実 作家の切実な危機感」で、笙野頼子「さあ、文学で戦争を止めよう 猫キッチン荒神」群像2017年4月号を取り上げています。
文芸時評:3月 想像力の先の現実 作家の切実な危機感=田中和生 - 毎日新聞
黒川創『岩場の上から』(新潮社)、「猫キッチン荒神」、村上春樹『騎士団長殺し』、又吉直樹「劇場」新潮4月号の順で紹介。
 小説が現実になってしまう前に、わたしたちは「岩場の上から」問題を見なくてはならない。その意味で作者は、文学の側から報道の力を証明しようとしている。同様の力が感じられるのは、笙野頼子の長篇「さあ、文学で戦争を止めよう 猫キッチン荒神」(『群像』)である。表題がすでにその意図を物語るが、現在の日本が「戦前」であるという見立てが作品を駆り立てている。

破天荒な語り口で、作者自身を思わせる語り手が私小説的な内容を語ることの多い笙野作品だが、今回はその「私」を客観的に見る、猫の意識をもつ「荒神」が作品全体の語り手となっていることに特徴がある。それは飼っていた猫の死後に、実は「私」の方が見守られてきたと信じるからだが、そのことはそこで語られる苦しい家族史や病歴に強い説得力をあたえている。その「私」が、女性作家たちの拠点であったキッチンから「戦争を止めよう」とする言葉を引き出している。

ドン・キホーテ的な意図とサンチョ・パンサ的な世俗性が混在する作品だが、時代に訴えようとする長篇を書いているうちに、前提となる「舞台が壊れてしまう」という「私」の切実な危機感を評価したい。これらの作品に示された鋭い感覚から考えたとき、大きな話題となっている村上春樹の長篇『騎士団長殺し』(新潮社)や又吉直樹の長篇「劇場」(『新潮』)は、いわば「奇妙に平穏な日常」に収まっている安全な作品だと言える。「猫の意識をもつ「荒神」」とありますが、若宮にに様は猫の意識を持っていません。
主人公が猫以外の姿だと違和感を感じるから普段は猫の姿をしていますが、元は狼神です(『猫ダンジョン荒神』p130)。
荒神が語り手として登場するのは、伴侶猫の死や家族歴史の嘘で主人公が語りにくくなっているため。伴侶猫ドーラが飼い主を見守ってくれていたと再定義する行為との繋がりは書かれていないが?

「時代に訴えようとする長篇を書いているうちに、前提とな…

朝日新聞3/29文芸時評に「さあ、文学で戦争を止めよう猫キッチン荒神」

朝日新聞2017年3月29日(水)朝刊の片山杜秀(文芸時評)「自分の穴を掘る小説」で、笙野頼子「さあ、文学で戦争を止めよう 猫キッチン荒神」群像2017年4月号が取り上げられています。
(文芸時評)自分の穴を掘る小説:朝日新聞デジタル
村上春樹『騎士団長殺し』、又吉直樹「劇場」新潮4月号という話題作と並んでるよ。
笙野頼子の「さあ、文学で戦争を止めよう 猫キッチン荒神」はカオスである。作家は終始、自覚的に自分の穴に入り、一人称的世界を書き連ねる。その意味で私小説だが、私の設定が尋常ではない。自分が金比羅で、亡くなった愛しい猫は荒神。それが近年の笙野の世界。自分の穴といっても神だから生身の人間のような時空の限定を受けない。アナーキーである。本作はアントナン・アルトーが出口王仁三郎の『霊界物語』を書き直してでもいるかのような印象さえ受ける。シャーマンが神がかりになって過剰な言葉を吐き出し続ける。筋だったかたちになりようのない神話の断片のようなものが際限なくばらまかれてゆく。そんな笙野の自分の穴は、たとえば荒川修作のアートのような反転の奇想に満ちている。小が大を呑む。靴下を裏返すように自分の穴が外の世界をすっぽり包んでしまう。笙野の文学はそういう夢へと読み手を誘う。「自分の穴小説」の過激な極北に彼女はいる。

自分の穴に落ちるのは悪くない。むしろ小説の天命だ。高所から客観的に物事を見渡せるなら、作家より学者や評論家になればいい。小林秀雄がくりかえし述べていたろう。小説に固有な領域は私ならではの時間と空間の記憶や経験にあると。主観性の虚妄にかける。村上も又吉も笙野も自分の穴を掘っている。日本にはまだ小説がある。「亡くなった愛しい猫は荒神」は間違いです。荒神若宮にに様は、購入した新居に住んでる神様という設定。飼い猫4匹生きてる時からお付き合いしている荒神だし、荒神だと主人公が気付いたのはドーラの介護中だし(『猫ダンジョン荒神』冒頭)。伴侶猫ドーラの霊=荒神ではありません。
群像2015年1月号の対談p126で清水良典も同じ勘違いしてて、著者が違うと否定しています。
清水 『猫ダンジョン荒神』の後書きでしたか、ドーラの霊を肩にのせて東京の街を眺める文章がありますね。(略)
笙野 ええと、実はあれはドーラではなくて作中に出てくる猫神の若宮にに様なんですね。『猫ダンジョン荒神』で、トイレ…