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夕刊を読むの忘れていて、うっかり見逃すところでした。 毎日新聞2009年1月26日夕刊 文芸時評の「私のおすすめ」コーナー 野崎歓さんの三冊に『 おはよう、水晶――おやすみ、水晶 』が選ばれています。 http://mainichi.jp/には掲載されていないので紹介します。 野崎歓さんのおすすめはこの三冊。 1)津島佑子『 あまりに野蛮な 』 2)笙野頼子『 おはよう、水晶――おやすみ、水晶 』 3)ジャン=ポール・デュボワ『 フランス的人生 』 女性作家たちの忍耐強い精神 自らの痛みや苦しみの源を見つめ続けることで、「我」を越えた境地に達する。そんな忍耐強い精神に恵まれているのは、男性よりも女性作家たちの方なのだろうか。  短絡的に決めつける必要はないけれど、ついそう思わされる本を立て続けに読んだ。  (中略 一冊目のおすすめ)  「傷のある眼球」をもつ女性作家が目を凝らしてみる世界は、悪意や欺瞞に溢れているが、「水晶の中の虹」のような美にも溢れている。笙野頼子ならではの文章の鮮烈な味わいに浸る。  (後略 三冊目のおすすめ) なるほど。悪意が描かれるから「水晶」の美が際立つのかもしれません。

リンク集を作成

「 人の道 御三神――人の道御三神といろはにブロガーズ前篇 」で、 海底八幡宮のサイトには48+25個のリンクがあるくだりで、 ウチにはリンク集がない、と気づいた。 作ろうと思ってずっと忘れていた。 これはいかんといまさらリンク集を作成。 感想ブログをアルファベット順・いろは順にしてみた。 海底八幡宮のサイトにならって。 ところで48+25個のリンク数は、いろは歌と濁音の数からきているんだよね?

スキニービッチ オーガニックダイエット

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「オーガニックダイエット」っておもしろそうだと読んでみた。 『 スキニービッチ 世界最新最強!オーガニックダイエット 』 予想に反して「ベジタリアンでダイエット」という内容。 いきなり野菜だけなんてムリ…と思っていたら、 122冊におよぶ参考文献のデータを元に、わかりやすい文章 フランクな口調でポジティブにポジティブに 「砂糖はデブのもと」 「牛乳コーヒージュースビールはやめなさい!」 「あなたは腐りかけの肉を食べているのよ!」 といわれると、大好きだったケーキや鶏肉がまずく見えてくるから不思議だ。 人工甘味料アスパルテールの危険性など添加物の解説もバッチリ。 ビタミン・ミネラルの基礎知識や一ヶ月分の食事メニューまであるから、 もう今からチャレンジするしかない!という気持ちにさせてくれる。 一番おもしろいと思ったのはココ。 あなたの精神状態と食べるものがそれにどう影響しているかを観察してみて なにか不健康なものを食べているとき、どんな気分?食べた直後は?一時間後は? 食べたものが心に影響するなんて考えたこともなかった。 気をつけてみると、夕食前に調子わるくなる時はきまって砂糖たっぷりのおやつを食べていたり、唐揚げをたべた次の日は調子わるかったり…。 影響すると思うと自然に野菜中心になってくる。 年始からチャレンジして三週間弱。 体重は変わらないけど、体脂肪は減っている! 運動してないのに、すごいな。

「喪の途上にて」の喪の作業

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「 おはよう、水晶――おやすみ、水晶 」を読んだとき、「 喪の途上にて 」を思い出した。 「 太陽の巫女 」のときもそうだった。これは喪の文学だと思った。 「 喪の途上にて―大事故遺族の悲哀の研究 」は、突然にかけがえのない人を亡くした時の悲しみの研究だ。 事故などで急に家族を喪った悲しみを「急性悲哀」と精神医学ではいうらしい。 その悲しみを受け入れるにはいくつもの段階を経る必要があるという。 p79 第一期は、対象喪失を予期する段階。 第ニ期は、対象を失う。 第三期は、無感覚、無感動になる。 第四期は、怒りの時期であり、対象を再び探し求め、対象喪失を否認するなどの試みが交差する。 第五期は、受容の時期で、対象喪失を最終的に受容し、断念する。 第六期は、対象を自分から放棄し、 第七期で、新たな対象を発見、回復するとした。 ��『地域精神衛生の理論と実際』山本和郎訳 医学書院 1968年)  カプランの段階分けになると、あまりに図式的で紹介するのがためらわれる。しかし、いずれにせよ、人は耐えがたい体験に対し、一定の緩衝装置を持って段階的に受け止めていくものである。どれかを飛ばすことも、抑圧することも、もう一度生きていくための障害になる。 p185 しかし忘れてはならないことは、悲哀も人生に於いてなくてはならない感情であるということだ。わたしは悲哀を軽減するために、この文章を書いているわけではない。悲しみを十分に、しかし病的にならないように体験し、起こってしまった悲劇の向こうに再び次の人生をみつけださんがためである。 私は中高校時代に祖父母を亡くした時、無意識に現実と自分に透明な壁をつくった。 なくすのに十数年かかった。悲しみから逃げるとあとで苦労する。 笙野頼子さんとPanzaさんが十二分に悲しめるよう、「喪の作業」に障害が少なきよう、祈る。

「文藝」2009年春季号に連作

「文藝」2009年春季号に笙野頼子の小説が掲載されています。 河出書房新社|文藝 2009年春季号 「人の道 御三神――人の道御三神といろはにブロガーズ前篇」 「群像」2008年3月号エッセイで触れていた”「文藝」で連作”は前後篇だったんですね。 カチャマイブックマーク 経由の情報です。 清水良典の文芸評論集『文学の未来』に笙野頼子の批評が掲載されています。 http://www.fubaisha.com/search.cgi?mode=close_up&isbn=2068-5 目次によると最後に「闘う文/夢みる文―笙野頼子」とあります。 「論座」2008年6月号の寄稿と同じタイトル。これを本に収録したのかな?

謹賀新年

あけましておめでとうございます。 あけおめコメントを頂いた上、ずっと欲しかった ベジネット を一割引でゲット、なにかよい一年になりそうです。 今年の目標は、笙野頼子資料館の迅速な更新と 週一回以上ブログを更新することです! 今年もよろしくお願いいたします。

こちらこそ感謝感激です

今年も今日でおわり。 笙野頼子の活動を振り返ってみる。 01月 『萌神分魂譜』河出書房新社 04月 『だいにっほん、ろりりべしんでけ録』講談社 05月 短編「九条越え前夜と火星人少女遊廓の誕生」「論座」2008年6月号 09月 長編「海底八幡宮」「すばる」2008年10月号 12月 『おはよう、水晶――おやすみ、水晶』筑摩書房 三冊の新刊と新作長編「海底八幡宮」の文学誌掲載。 だいにっほん三部作が完結編が出版される年とあって、 京都大学新聞、エスクァイア日本版、論座の三つの雑誌で特集がくまれた。 そして6月前後にひそかに三つの講演が行われていた(らしい)。 さらに田中和生との論争がらみで「三田文学」に反論、六エッセイと活躍の一年。 追いかけるのに精一杯で、理解しているかまったく心許ない。 『おはよう、水晶――おやすみ、水晶』では創作の心境が書かれているし、 出たばかりの「Panic Americana」Vol.13に掲載された講演録では『萌神分魂譜』を解説している。 年明けは照らし合わせながら、再読することからはじめよう。