小山田浩子『穴』文庫版に笙野頼子の解説


2016年8月1日発行の新潮文庫版・小山田浩子『穴』に、笙野頼子さんの解説「読んでくれてありがとう/書いてくれてありがとう」が収録されています。
本作は2014年1月に出た単行本の文庫化。
芥川賞受賞の表題作「穴」(「新潮」2013年5月号)、「いたちなく」(「新潮」2013年7月号)、その続編的単行本書下し「ゆきの宿」を収録しています。
新潮社の小山田浩子 『穴』 あらすじは。
「仕事を辞め、夫の田舎に移り住んだ私は、暑い夏の日、見たこともない黒い獣を追って、土手にあいた胸の深さの穴に落ちた。甘いお香の匂いが漂う世羅さん、庭の水撒きに励む寡黙な義祖父に、義兄を名乗る知らない男。出会う人々もどこか奇妙で、見慣れた日常は静かに異界の色を帯びる。」
馬場秀和ブログであらすじを丁寧に解説されてます。
『穴』小山田浩子:馬場秀和ブログ
解説の内容も紹介。『読んでくれてありがとう/書いてくれてありがとう(小山田浩子『穴』文庫版解説)』笙野頼子
笙野さんの下宿時代のイタチ話も発掘されてます。すごい。私全然覚えてなかった。

それでですね、なぜ笙野さんが解説を担当されたかというと。
2010年新潮新人賞受賞作の「工場」で世に出た作者に、私はマジ注目した。すると好きな雑誌のインタビューで「二百回忌」という拙作を好きだと彼女は言ってくれていた。それは二百年に一度死者の蘇ってくる法事を描いたものなのだが、1994年、大昔の作。主人公はいわゆる東京遊民で、独り者の猫飼い、賃貸住まいである。しかもただ郷里でカーニバル空間を体験して帰ってくるお話。故に構造は単純、進行も三日で八十枚。が、今日……。
私も文芸雑誌で好きな作家に名前を挙げられているを見た記憶があります。日常が異界にずれる形は初期の作品と共通しているかもしれません。
解説では本質的な解説、社会構造的な解説、あらすじに沿った解説の三段階が展開。
この、不況格差閉塞、震災後社会である。中に主人公は地方在住の賃労働既婚女性。なんという重圧。さて、なのに……。
この作品、生き物も時間も、声までも触れてくる。暗く陰を落とす時代において、或いは今も変わらぬ女性の困難の中で、けしてめでたくはない、だけどすべてが見渡せる混在的時間を、仕止めてきている。貴重な本物の絵を、自然の怖さ時間の豊かさをも込めて描く。それが、表題作。
なるほど、確かに地方既婚女性という立場とそれを形作る制度による生きづらさが的確に描かれています。
「蝉の声と義祖父の水撒きの音に囲まれて、珍妙な舌出し犬スリッパの姑と携帯電話を握った夫とに挟まれて、赤ん坊に乳を与えている自分を想像するだけで私は滅入った。」(「穴」p68)
とあるように、一見普通の家族に見えたけど読み進めるとそれどんな無理ゲー、に見えてくるところが面白い。
あとコンビニよりスーパーの方が家から近いとか駐車場がだだ広いとか、田舎の描写がリアル。地方の女性は絶対共感できる。
「いたちなく」では、獣を殺さなくては人間は快適に生活できない田舎の現実を描いているのも泣けます。殺したくなんかないんだけど、殺さないと生きられないやり切れなさよ。

ちなみに、新潮社の単行本紹介ページでは町田康さんの書評が掲載されていたり、
WEB本の雑誌作家の読書道第147回:小山田浩子さんその5「純文学は光を拡散するレンズ」で、著者がちょっと解説されていたり。
小山田:"嫁"というものが不思議だなと思っていました。最近では結婚して"妻"になる感覚はあっても"嫁"になる感覚は持たない人が多い気がします。よそから来て家に入って、一家の要のような存在になって、何十年かしたらその家に新たな"嫁"を迎えるんだな、ということを考えながら書きはじめたら、途中で先に進まなくなってしまったんです。そうした頃に、穴を掘る獣が出てくる夢を見たんです。この獣を出したら話が動くなと思って出しました。
やはり主人公が妻から「嫁」になる話でもあるのですね。「アナホリィヌ」が夢から登場とは、意外と神様だったりして(いやそれはない。

追記)kingさんも感想アップされてます。
笙野頼子「ひょうすべの約束」「おばあちゃんのシラバス」その他 - Close to the Wall
「三作読んでみるとそのどれもに出てくるのが生殖あるいはその中断、なのが興味深い。」
生殖という点は気づかなかったですね。「穴」で蝉が出てくるのはそれを象徴しているのかも。

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